2016年10月2日日曜日

仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味(5)

シリーズも5回目を数えます。

最初にも書きましたが、仏教用語の解説ではなく、

仏教用語になった、サンスクリット語そのものの、

サンスクリットの文化(ヴェーダの文化)に基づく解釈です。

その中でも、私はアドヴァイタ・ヴェーダーンタを学び・教える立場なので、

それも考慮に入れておいてくださいね。

禅(ぜん)


サンスクリット語では「ディヤーナ(ध्यानम् (dhyānam))」です。

ध्यै चिन्तायाम् という、「考える」という意味の動詞の原型から造られていることから、

「熟考」「そればかりを考えたり、思い描いたりすること」

という一般的な意味から、

ヨーガの修行法として「神経を集中させること」 「瞑想」、

そしてヴェーダでは、「ヴェーダで教えられている神々の姿を心に想い続ける行為」

「ヴェーダで教えられている言葉の意味を心に置き続けること」

などといったように、心を一点に置くといった意味は共通していますが、

何に、どのような目的で、などに関しては、意味に大きな幅があります。

他のサンスクリット語の言葉の多くがそうであるように、


どのようなコンテキスト(文脈・内容)で使われているかによって、

同じ言葉でも意味が変わる言葉です。

 

檀那・旦那(だんな)


サンスクリット語では「ダーナ(दानम् (dānam))」。

これは前回見ましたね。「与えること」と言う意味です。

(文法が好きな方へ: 「与える人」を造るためのल्युの付くनन्द्यादिगणにदाはありません。)

ダーナがどうやって檀那・旦那さんとなったのか、

サンスクリットの文化をもとに考察してみると、繋がりが見えてきます。
 
यज्ञदानतपःकर्म न त्याज्यं कार्यमेव तत् । yajñadānatapaḥkarma na tyājyaṃ kāryameva tat |
祈り、与えること(ダーナ)、タパスというカルマは、
(人生のどのステージにおいても)放棄するべきではなく、
常に実践されるべき行為です。
(バガヴァッド・ギーター第18章5節)


ダーナは、上のギーターのシュローカで教えられているように、

1.学生、2.家庭人(結婚したり、パートナーのいる人)、3.リタイアした人、

そして、4.ヴェーダーンタの勉強の為に全てを放棄した人、

という四つのアーシュラマ(人生のステージ)において、

最後に全てを放棄するまでの三つのアーシュラマの中で、

心の成長のために実践されるべきことです。


しかし、この三つの中で、生産・稼働しているのは、家庭人だけであり、

他の三つのアーシュラマに生きる人を支えるのは家庭人だけであることから、

ダーナは、家庭人に対して特に奨励される行為です。

より多くを得て、貯め込むのが家庭人の役割ですが、

時間が来れば、第一線から退いて、静かに暮らし、

ひとつひとつ手放して行かなければならないので、

手放すことも早いうちから実践して学ばなければなりません。

現代の日本では、結婚とは個人的なものだと捉えられていて、

学生期とも、家庭期とも、林住期とも区別のつかない生活をしていても問題ありませんが、

ヴェーダの世界では、学生期を終えたら、すぐに結婚して、社会に貢献する義務が発生し、

孫が生まれる頃には、主権を手放して、引退しなければならない。

単に好きだからという理由だけではなく、

社会的責任を一手に背負う覚悟が結婚には必要なのです。

でも、それ位の覚悟を持っていなければ、何においても成功しませんね。



南無(なむ)


サンスクリット語では「ナマハ(नमः [namaḥ]) 」です。

「ナマハ(नमः [namaḥ]) 」の意味は、ナマステ―のところで解説しています。

「ナマハ(नमः [namaḥ]) 」は、不活用名詞です。

名詞の原型は、 「ナマス(नमस् [namas]) 」と、「S」で終わる言葉です。


ナマハ? ナモー? ナマス? ナマ?


「ナマス(नमस् [namas]) 」の後に何の音も続かず、単品で使う場合、

「ナマハ(नमः [namaḥ]) 」となります。

後ろに有声音(日本語では濁音と、ナ行、マ行、ヤ行、ラ行、ワ行)が来た場合、

「ナモー(नमो [namo])」 となります。

こういった、後ろの音によって前の音が変わる、とかいう変化を、

「サンディ(連音変化)」と呼びます。

日本の教科書で勉強する人は、ここでくじけるみたいですが、

伝統的なパーニニのシステムに沿ってきちんと勉強すれば、

整然として、そんなに難しいものではない、ということが分かってもらえると思います。


サンスクリット文法の学習の秘訣


文法はどんなトピックでも、すんなりと勉強できる秘訣は、

「チャンティングから入る」ということ。

正しい発音をきちんと学び、

すらすらと口から出るようになれば、

後でその意味を教えられた時、

もしくは、それがなぜそのような形になるのかを教えられた時に、

「あ~なるほど!」

と、まさに茂木健一郎さんの「アハ体験」のように、

脳内で快感と共にシナプスが繋がっていくのです。

逆に、音を学ばずに、意味だけを学ぼうとしても、

「意味を教えてもらっているときには理解できるのだけど、

その後、何を習ったのか、頭に残らない」症候群になってしまいます。


今日はこのくらいで、、、

あと、奈落(ならく)とか、涅槃(ねはん)とか、波羅蜜(はらみつ)、

波羅門(ばらもん)、仏陀(ぶっだ)、盆(ぼん)、曼荼羅(まんだら)、

夜叉(やしゃ)、羅刹(らせつ)などを予定しています。

あと2回くらいかな。


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仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味(4)

仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味(3)


仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味(2)

仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味(1)

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