2015年9月17日木曜日

アーユルヴェーダのプレーヤー(祈りの句)

今回は、アーユルヴェーダ(健康長寿の智慧)を授けた神として崇められる、

ダンヴァンタリ(धन्वन्तरिः [dhanvantariḥ])という名のデーヴァに向けての

祈りの句(シュローカ )を紹介します。

一語一語の意味を、文法的にもわかりやすく説明しますね。
 

ダンヴァンタリ(धन्वन्तरिः [dhanvantariḥ])とは、

ヴィシュヌがデーヴァター達の主治医として現れた形、

つまりヴィシュヌの化身のひとつです。

今回紹介するシュローカは、

アーユルヴェーダの施術を受ける前に、ダンヴァンタリが奉られる祭壇に向かって、

施術をする人とされる人の両方が一緒に、手を合わせて唱える祈りのシュローカです。


नमामि धन्वन्तरिम् आदिदेवं सुरासुरैर्वेन्दितपादपद्मम् ।
[namāmi dhanvantarim ādidevaṃ surāsurairvenditapādapadmam |]

लोके जरारुग्भयमृत्युनाशं दातारमीशं विविधौषधीनाम् ॥
[loke jarārugbhayamṛtyunāśaṃ dātāramīśaṃ vividhauṣadhīnām ||]


サンスクリット語の祈りのシュローカは全て、

文法的に分析できる文章から成っています。

文章は単語の集まりから構成されています。

文章の中で一番大事で一番最初に見つけるべきは、動詞です。

このシュローカの文章においての動詞は:

नमामि (ナマーミ [namāmi]) = 私は敬礼を示します。


この動詞は、नम् [nam] という動詞の原型が活用したものです。

नम् [nam]は、単に「挨拶する」というよりも「尊敬を表現する」という方が良いでしょう。

尊敬する、ということはつまり、何が尊敬するべき価値かを知っているということです。

知識、特にヴェーダの知識を持っていることは、多大な尊敬に値します。

その価値を知っている人は、知識を持っている人に対して尊敬を表現する行動、

つまり手を合わせたりお辞儀してナマスカーラをします。

しかし、ヴェーダの知識を、いろいろある思想のひとつとして捉えている文化圏の人には、

ヴェーダの知識や、知識を持っている人に対して、尊敬すべき価値が分かりません。

ナマスカーラは、それをされる人の為にあるのではなく、

ナマスカーラをする人の価値感や姿勢を育てる為にあるのです。

シュローカの意味に戻りましょう。

私は誰に対して敬礼を示しているのでしょうか?

サンスクリット語の能動態の文章の中で「~に」という目的語に値する名詞は、

第2格で活用します。このシュローカの中には第2格で活用している名詞が6つあります。

私が敬礼を示している相手を説明する言葉が6つあると言うことです。


1.धन्वन्तरिम्(ダンヴァンタリム [dhanvantarim])= ダンヴァンタリに


ミルクの海を、スラとアスラ(日本語の阿修羅)が攪拌して出てきた

アムリタを手に持って出現したヴィシュヌの化身の名前です。

だいたいこんな感じで登場します。

2.आदिदेवम्(アーディデーヴァム [ādidevam])= 最初のデーヴァに


「最初・始まり」という意味の「アーディ(आदि [ādi])」と、

この世界のあり方の法則、そして意識的な存在という意味の

デーヴァ(देव [deva])」という言葉の複合語です。

あまり分かってもらえないですが、この世界には始まりも終わりも無く、

ぐるぐると、創造と破壊のサイクルを繰り返しているのです。

そこに「アーディ(最初)」など無いのですが、

一般に人々が最初と捉えている、その時にも既にいるので、

「アーディ」という形容詞が付くのです。

सुरासुरैः  (スラースライヒ [surāsuraiḥ])= スラとアスラによって

3.वन्दितपादपद्मम्(ヴァンディタ-パーダ-パッドマム [vanditapādapadmam])

= 敬礼された蓮の花のような足を持つ者に


「パーダ(पाद [pāda])」とは「足」という意味です。

インドの伝統では、高い尊敬を表すとき、足を触ったり、洗ったり、プージャーしたりします。

足という部分は、プージャーする為の祭壇となるからです。

そんなプージャーに値する足は、蓮の花に例えられます。

蓮の花は「パドマ(पद्म [padma])」ですね。

そんなロータス・フィート(蓮の花のような足)は、

人間に栄光を与えられるスラからも、人間を混乱させるアスラからも、

敬礼されています。=「ヴァンディタ(वन्दित [nandita])」

वन्द् [vand] は、नम् [nam] と同じ意味です。



लोके (ローケー [loke])= この世における

4.जरारुग्भयमृत्युनाशम्(ジャラルッグバヤムリッティユナーシャム [jarārugbhayanāśam])= 老いや病からの恐怖、そして死を破壊する者

「ローカ(लोक [loka])」とは「世界」という意味。「人々」という意味もあります。

第7格で活用して「この世界において、この世界の中で」という意味になります。

「ジャラー(जरा [jarā])」は「老い」、「ルグ(रुग् [rug])は「病気」、

それらからの「バヤ(भय [bhaya])」=恐怖を、

そして「ムリッティユ(मृत्यु [mṛtyu])」=死を、

「ナーシャ(नाश [nāśa])」= 破壊する人

相対的には、健康や長寿を実現することにより、

老いや病からの恐怖や死を克服出来ますが、

絶対的には「アムリタ」にあるように、

自分の本質を正しく知ることによってのみ可能です。

5.दातारम् (ダーターラム [dātāram])= 与える者


「与える」という意味の「ダー(दा [dā])」という動詞の原型に、

「~する人」という意味の「トゥル(तृ [tṛ])」という接尾語を付加した派生語です。


6.ईशम् (イーシャム [īśam])= 司る者

「司る」という意味の「イーシュ(ईश् [īś])」という動詞の原型に、

「~する人」という意味の「ア(अ [a])」という接尾語を付加した派生語です。

意味は「イーシャ」のページをご覧下さい。


何を与えたり司ったりする者なのでしょうか、ダンヴァンタリという神様は?

विविधौषधीनाम्(ヴィヴィダウシャディーナーム [vividhauṣadhīnām])
= 様々な薬草の


「ヴィヴィダー(विविधा [vividhā])」とは「色んな種類の」という意味です。

アウシャディ(औषधिः [auṣadhiḥ])」は、「薬草」または「薬」ですね。

「アー(आ [ā])」と「アウ(औ [au])」という母音が、この順番で連なった時は、

そう、ふたつの音がヴリッディになるのでしたね。

最後に意味をつなげ合わせると:

「スラからもアスラからも尊敬を示された、蓮の花のような足を持つ、

老いや病気の恐怖や死を破壊する、

様々な薬草を与え、司る者、最初のデーヴァ、ダンヴァンタリに

私はナマスカーラをし、恩恵を授かります。」



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仏教用語になったサンスクリット語と、その本来の意味

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