2015年3月18日水曜日

47.マウナ、モウナ(मौनम् [maunam])- 沈黙、言葉の制御

मौनम्
[maunam]


neuter - 沈黙、言葉の制御




私の住んでいるアシュラムの敷地内にある
伝統的儀式の習慣を守り続ける、とても強力な寺院で祀られている
シヴァの先生という形、メーダー・ダクシナームールティ

マウナの語源


「ムニ(मुनिः [muniḥ] )」とは、聖人・賢者を表すサンスクリット語です。

聖人・賢者(ムニ)の在り方を、マウナと言います。

मुनेः भवः मौनम् [muneḥ bhavaḥ maunam]

最初の「ム」の音に「ヴリッディ」と呼ばれる母音の変化が起きて「マウ」となり、

「ニ」の最後の「イ」の音が「ア」になって、「マウナ」となります。

中性名詞なので、活用すると、「マウナム(मौनम् [maunam])」となります。

発音によっては「モウナ」と書かれる時もあります。



聖人・賢者って誰?どんな人?


マウナをしている人です!


マウナとは?


言葉を制御することです。


バガヴァッド・ギーター12章で教えられている聖人・賢者の在り方として、

「マウニー」(ヨーガ→ヨーギー と同じ原理で、マウナ→マウニー です。)

つまり、「モウナを実践している人」と教えられています。

シャンカラーチャーリヤは聖人・賢者の在り方である「マウニー」について、

こう解説しています。

「マウナをしているひと、言葉が制御されている人」
(मौनवान् संयतवाक् [maunavān saṃyatavāk])



ぜひトライしてみたい、効果的な「マウナ」


一般に言われるマウナは、言葉を発せずにただ静かに沈黙していることです。

例えば一日のうちの決まった時間や、一週間のうちの決まった曜日などに、

誰とも話さずに無言で過ごす習慣はとても良いことです。

プージャスワミジも、生徒にいつも勧めています。

話さないと決めると、時間がいっぱいあることに気付きます。

実際に話す時間だけではなく、話し相手と話す環境を整える時間、

何を言ってやろうかとか、何であんなこと言ったんだろうとか、

ちゃんと伝わったのかな?と、過去未来へ思いを馳せながら、

とてつもなく多いメンタルな時間を、私達はお喋りに費やしていることに気付きます。

その時間をごっそり全部、自分自身と一緒に過ごせるのです。

これは贅沢な時間です。

しかも、話し相手の時間も無駄にしなくて済むので、これは立派な社会貢献です。



インドでは、何年と言う単位でマウナをしている人がいますが、

そういうのを許してくれるインド社会はもっとすごいですですね。


マウナの最上級形


最上級のマウナは、聞き手の為になる事だけを話すことです。

最小の文章、最小の単語で、要点が伝わるように話す。

聞き手の役に立つ、真実で、しかも気分を害しない優しい言葉で話す。

これに気をつけるだけでも、大きな変化が生まれます。


言葉だけではなく、マインドも洗練される


人間としての成長を促す有効な手段として、「タパス(規律)」があります。

バガヴァッド・ギーター17章では、タパスの種類がいくつか教えられており、

その中に「モウナ」があります。

シャンカラーチャーリヤはモウナのことをこう解説しています。

「マウナとは、言葉の制御であるが、考えの制御が先立つことから、

結果を指す言葉を使って、原因を指し示すとして、

マウナとはここでは、考えの制御と取る。」

मौनं वाक्-संयमः अपि मनःसंयमपूर्वकः इति कार्येण् अकारणम् उच्यते मनःसंयमः मौनम् इति (१७.१६)


聞き手に役立つことだけを話せたらいいですが、

やっぱり「ちょっと聞いて欲しい!」と思うことも日々多々あります。

やせ我慢をするのは良くないですが、

こういう「話さないと気が済まない」というプレッシャーから自由になることが、

人間の成長なんだな、と知っておくのはいいことです。


自分への癒し - 愚痴る人への共感者になる


心を開くことの出来る人がいて、その人に自分の話を聞いてもらったり、

そして共感してもらうことは、大事な癒しのステップです。

自分が聞いてもらう立場にあるより、自分が聞いてあげる立場にある方が、

より確実で、より強力な癒しのステップになります。

人が愚痴り始めたら、ボランティアと思って積極的に聞き役に回ってあげましょう。

よっぽど頼まれない限りアドヴァイスをするのは極力避けて、

とにかく聞いて、共感して、一緒に怒ったり悲しんだりするだけでいいのです。

でもそれ悪いのどっちかな?と思うような時でも、とりあえず、

「ムカつく気持ちは分かる!」と誰かに共感してもらえて始めて、

「まぁ、私も悪かったかも知れないけど」と考えられるみたいです。人間という者は。

人の愚痴を積極的に聞いているうちに、自分も愚痴り方のツボが分かってきて、

最小時間で最大の癒しの効果が得られるような、効率的に愚痴れるようになります。

愚痴をこぼすのは、時間の無駄と言えば無駄ですが、

うまく使えば、とても良い相互の癒しが期待できます。


話を戻して。

見習いたい、賢人の言葉の使い方


ヴェーダーンタと文法に関するサンスクリットの文献を毎日読んでいますが、

賞賛すべきは、解説書の著者達が、一語のみならず、一音節すらも無駄に使わないことです。

「聖典ヴェーダの言葉は全て、何かしら人間の役に立つ意味があるはず」

という前提において研究が進められていることから、

研究者達も、「聞き手の役に立たないなら、半音節すら使うべきではない」

という姿勢が貫かれています。

ゆえに、原典でも、解説書でも、その一言一句ついて、

「なぜこの言葉が使われたのか、この言葉が無かったらどうなっていたか?」

という検証をするのです。

言葉の単位、文章の単位、パラグラフの単位、章の単位、そして本の単位で、

それぞれ、その存在価値を証明しなければならない、という世界です。

その姿勢を表す最高峰が、パーニニ・スートラです。

最小音節を追求して、完全にメタ言語(人工言語)になっています。

スートラと呼ばれるに相応しい文章のあり方として、6つの条件があります。

1.最小最短であること
2.曖昧さがないこと
3.意味があること
4.汎用性があること
5.感嘆詞を入れないこと
6.間違いがないこと

これは、私達が言葉を発する時にも参考にしたいですね。


比べ物には到底成り得ませんが、現代の日本の書籍やインターネットが、

いかに無意味な言葉で溢れているのか、思い知らされますね。


沈黙の教えとは


冒頭に使用したのは、ダクシナームールティの姿です。

描かれた姿の中のひとつひとつのアイテムに、それぞれ深い意味が込められています。
それは、また後の機会に説明しますね

ダクシナームールティは「ヴェーダーンタを沈黙で教えた」と

シャンカラーチャーリヤが彼の詩で表しています。

いつもマウナだった、ラマナ・マハルシについても同じ事が言われています。

ティルヴァンナーマライでは、だから文献の勉強なんてしな~い、になっています。

自分を知るには自分に「私は誰?」と瞑想の中で問いかければいい。

そしたらいつか、瞑想の中でアーナンダを体験出来る、、、というのが彼らの夢です。


無知を直せるのは知識だけ


私達は自分自身のことを、この身体だ、この心だ、この名前だ、等など、

無数の勘違いを持って生まれ、勘違いを深め、増殖しながら生きています。

間違いを正すのは、間違いのある場所でしかありません。


自分の部屋で指輪を無くしたのに、「部屋は探し物をするには暗すぎるから」

といって、明るい屋外に出て指輪を探し続けているのと同じです。


自分に対して持っている結論が間違っているのだから、

その結論のある場所、つまり「私は~だ」という間違いの言葉を、

言葉を使って正すのです。


「沈黙の教え」の本当の意味


じゃあ、私は何なのだ?という答えが「沈黙の教え」です。

「沈黙の教え」とは、その言葉が直接表す意味ではなく、

言葉の意味を理解している主体を指しているのです。

言葉の反対側、つまり無言の側。

言葉とその理解者は向こう岸にあり、私は対岸でそれを無言で傍観している。

つまり言葉とその意味を対象化し続けている、永遠の主体。

言葉が直接指し示すことの出来ない存在。

それは、今ここで、「読んでいる私」を対象化している、意識的存在の、

私のことなのです。


ネオ・ヴェーダーンタの行き詰まり


しかし、ここまで分かったとしても、

イーシュワラ(全体)の意味を理解していなければ、

その人の幸せには全く貢献出来ません。

「あなたは意識的存在だ」なんて、赤ちゃんでも知っています。

知るべきは「あなたはこの宇宙に存在を与えている、

あらゆる制限も無い、ブランマンなのだ」の知識なのです。

ゆえに、伝統的な教えを知る先生と文献が必要なのです。





<< 前回 46.サマーディ(समाधिः [samādhiḥ]) <<

瞑想で鍛えたそのマインドで何するの?
サマーディは手段であって、ゴールではありません。


>> 次回 48.デーヴァター(देवता [devatā])>>

物理の法則、化学の法則、生理学の法則、心理学の法則、、

自分の心身を含めた、宇宙全体にあまねく法則を認識するための言葉です。




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